「僕は泣いちっち」はこう解釈してみよう

歌謡曲に、「僕は泣いちっち」というナンバーがあります。
1959年の発表で、「恋人が東京へ出てしまい、では自分も、・・・」という流れになる歌詞であり、時期を考えると、人口が都市部へと徐々に集中が進んだ辺りなので地方圏の話と考える御仁も多いですが、私はむしろ首都圏の中の話と解釈しました。

歌の舞台として、真っ先に頭に浮かんだのは秩父地方です。
2番で「お祭りばやしはいやだよ」、3番で「上りの急行の汽笛が鳴っちっち」という歌詞があり、当方の解釈ではお祭りとは秩父の夜祭、上りの急行は三峰口から熊谷へ向かう秩父鉄道のそれ(現在も急行料金を徴収する貴重な存在です)と判断したためです。その当時の秩父地方の人々は西武秩父線が未開業だったこともあり、寄居で東上線もしくは、熊谷で高崎線に乗り換えて都内に出ていたので、歌詞の最後に「早く行こうあの子の住んでる東京へ」とあるように、西武秩父線の開通による都心への時間短縮は地元の悲願でもありました。「僕は泣いちっち」の発表が1959年、西武秩父線開通がその10年後であることに照らすとつじつまが合うと思われます。

ほかにもオリジナルの歌手が千葉県出身であるためか、房総半島が舞台であるとも解釈できますが、私の脳内では秩父地方で定着しています。


ところで「僕は泣いちっち」の時代、1950年代後半の学校教育は「地方を捨てて都市へ出ること」を無理強いするようなもので、国は「粗食、また労働は過酷で、病気にかかりやすい」と地方圏を見下す風潮を教育機関に徹底させ、地方圏の誇り、働く場所を奪っていきました。国は言わずもがな、教育機関もその加害者となったのです。それから一貫して地方圏は疲弊が続いていますが、60年経過した今は、むしろ都市部の方が労働が過酷で、給料はそれほど上がらず、過労死が多発したり、食費を切りつめた結果栄養が不足して病気がちになったりするケースが目立ちます。高度成長期に労働力確保の観点から都市部に人口を集中させすぎたひずみが、この形で出てしまったとみなせます。ところが政官学のトップが全体に上記の洗脳教育を受けた世代で、(底なしの思考停止に陥った)四角い頭であることを考えるとある意味当然でしょうが、政官学・産業界ともにこの現状を一切反省していないし、そのカケラもすでにないのです。こんな連中にこそ「僕は泣いちっち」を聴いて、猛省してもらいたいものですね。
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使い。

Author:使い。
BIRTH/12,Jul.
DDヘッドと、国内海外問わずキャスト素体とを組み合わせた変則カスタムBJDのオーナーです。当家のBJDたち;
・ヒカリ(DDH-03美白+Dream Realm62)
・みづき(DDH-03普通肌+NeoAngelRegion"Fair")
・フランドール(東方projectのキャラドールです。DDH-03美白+SD13)
ほかにオビツ60やDDⅢを用いた、
・志摩子(まりみてのキャラドールです。DDH-06普通肌+DD胴体+オビツ60二重関節タイプ腕脚)
・ラ・テミス(DDH-01普通肌+オビツ60二重関節タイプ使用のカスタム素体)
・エルファーシア(描き目ヘッド+オビツ60球体関節タイプ使用のカスタム素体)
・蓉子(DDH-02美白+DDⅢ美白)
・DDG-176ちょうかい(艦これに登場する重巡洋艦娘「鳥海」が現代化した姿。DDH-01美白+DDⅢ美白)
および、
・愛玲(MSDシンシア)
の5人もいます。
なお本館では見られない、ドールたち(と)の会話もありますので併せてお楽しみくださいませ。

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